復帰摂理歴史の真実

無料カウンター
仏教とキリスト教 <トップ> 秦氏と東洋

■ 1. 人間堕落と三位神と偶像崇拝
     c. 儒教の持つ意味


 イエスは、象徴的にではなく、実体的に王の王であったのです。イエスがイスラエルの国家を統一することができたら、アラブ世界を吸収するというのは、神の御計画でした。インド、中国、そしてローマ帝国がいかに強大であろうと、それらが統一した神の国に吸収されることは、大して問題ではなかったはずです。その時代に統一王国は、地上に建設される予定でした。キリスト教は違った形で発展する予定でした。もし、イエスが十字架にかからなければ、それは違った方向へ行ったのです。つまり、インド、中国、韓国を通過して、西洋世界へ行くはずでした。ところが、十字架のために、一八◯度方向を転換して、ローマ、イングランド、アメリカを回り東洋に戻ってきたのです。

 今日のアメリカは、模範的キリスト教国家であり、全世界のキリスト教文化の結実でもあります。キリスト教国家のモデルとしての今日のアメリカは、第二イスラエルの立場にあります。最初のイスラエルは、二◯◯◯年以上前のユダヤ国家でした。象徴的に、この第二イスラエルであるアメリカは、全世界の人々が国際的に集まって、統一された一つの国家となっています。今までの歴史の中で統一が見られなかったのは、神の愛がまだアメリカにおいては、最高に注がれていないからです。

御旨と世界528ページ『摂理的歴史の光の中にあって』より




前ページ参照。

 イエス誕生前、神の摂理は東洋において準備されていました。仏教や儒教が満を持してイエスの来臨を待ち構えていましたが、訪れたのはイエスではなく、その弟子たちや異端扱いされたキリスト教徒だったのです。

 仏教はそのキリスト教に影響され復興すると、その大乗仏教に中国古来の思想家たちが感化されて道教として発展すると、西ではなく、更に東に向かいました。





孔子(紀元前551年9月28日〜紀元前479年4月11日)

 中国古代王朝である“”(紀元前1046年頃〜紀元前256年)のに生まれ、身分制秩序の再編と仁道政治を掲げました。

 孔子の弟子たちは孔子の思想を奉じて教団を作り、戦国時代、儒家となって諸子百家の一家をなしました。

 孔子の説いたは「他人に対する親愛の情、優しさ」を意味しています。その根本は親子の情愛にあるとされ、まずを思い、兄弟を思って、親族を思い、他人を思いやると言う“秩序ある思いやり”を強調しています。

 は、の実践道徳とされ、の王に対する忠誠とされましたが、これは、王が誤っていたらそれを諌め、王もそれを聞き入れなければならないとされました。


 孔子の後継者に孟子荀子がいます。



孟子(紀元前372年〜紀元前289年)

 性善説を主張し、孔子が最高の徳目とした“”に加え、実践が可能とされる徳目“”の思想を主張しました。

 とは、悪を恥じる心で正しい行いを守ることを意味します。(「四端説」参照)



朱子(1130年10月18日〜1200年4月23日) 朱子学の創始者。

 朱子は、それまでばらばらに学説や書物が出され矛盾を含んでいた儒教を、程伊川による性即理説(性[人間の持って生まれた本性]がすなわち理であるとする)、仏教思想論理体系性、道教無極及び禅宗座禅への批判とそれと異なる静座静坐)という行法を持ち込み、道徳を含んだ壮大な思想にまとめた。そこでは自己と社会、自己と宇宙は、“”という普遍的原理を通して結ばれ、理への回復を通して社会秩序は保たれるとしました。

 朱子の言う (秩序・法則)と (物質・エネルギー)は、たがいに単独で存在することができないとしましたが、”としての運動に秩序を与えるのを“”とした内容は、“ある存在”の一元的内容を“”と“”の観点の違いとはとらず、二元的内容としてとらえました。



王陽明(1472年8年9月30日〜1529年1月10日) 陽明学の創始者。

 王陽明は、南宋陸象山の思想である「心即理 」を明確化して、人間は、生まれたときから心と体(理)は一体であり、実践に当たって私欲により曇っていない心の本体である良知(自己の中にある判断力)を推し進めればよいとしました。

 知って行わないのは、未だ知らないことと同じであること(知行合一)を主張し、実践重視の教えを主張しました。


人間は、生まれたときから心と理(体)は一体であり、心があとから付け加わったものではない。その心が私欲により曇っていなければ、心の本来のあり方が理と合致するので、心の外の物事や心の外の理はない。よって、心は即ち理であると主張しました。





儒教と道教

 道教とは、「道の教え」つまり、「従うべき聖人の教え」と言う意味で、漢民族の土着的・伝統的な宗教として5世紀に形成されました。

 (タオ)は、“自然”とか“無為”と同義とされ、また陰陽の思想で説明されます。

 は、宇宙と人生の根源的な不滅の真理であり、無極(むごく)と呼ばれ、また太極とか太素と呼ばれます。これらの思想は、太極図で示されます。


 この生成論は早くに陰陽思想と結びつけられ、【 元気(根元の一気)→陰陽四時万物 】と解釈されました。

 北宋になると、周敦頤が『太極図説』によって【 無極太極陰陽五行乾坤男女万物 】といった構図を図として提示しました。


(下図↓参照)

 まず、無極である太極が陰陽に分かれ、陰陽がそれぞれ温かい部分と冷たい部分に分かれて五行を形成したとあります。

 最初に、:これは、陰の冷。つまり、陰の陰となります。
 泉から涌き出て流れる水が元となっていて、これを命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね備える性質を表します。「」を象徴していて、あらゆる生命の源となりました。

 次に、:これは、陽の温。つまり、陽の陽となります。
 光りWく炎が元となっていて、火のような灼熱の性質を表します。「」を象徴していて、森羅万象のエネルギーを表しています。


 三番目に:木の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となっていて、樹木の成長・発育する様子を表します。「」を象徴しています。

 四番目に土中に光りWく鉱物・金属が元となっていて、金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表します。収獲の季節「」を象徴しています。

 五番目に:これは、「木・火・金・水」以外の全ての要素で構成されていて、見方を変えて言えば、必要な全てのものが含まれていると言って良いでしょう。
 植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質を表します。「季節の変わり目」を象徴しています。


 この様に、五行思想ではが全ての構成要素となって循環し、全ての生命体を形成していると見ました。

 全ての樹木が、太陽の光で成長して、葉を落として、やがては枯れていき、土になります。土には全ての栄養素が含まれていて、その栄養素が水に溶けて再び樹木に養分となって吸収されます。


 この様に、道教では更に重要な宇宙の根本としての無極または太極が存在し、太極は陰陽からなり、陰陽から五行が生成され、全てのものは一組の対として存在(乾坤)して、男女が夫婦として存在するように、全ての万物がそうであるとしたのです。

 しかし、道教では更に重要な内容を示しています。


 道教の三柱、三清

 左図は、左から『元始天尊』(左)・『太上道君』(中央)・『太上老君』(右)。

 『元始天尊』は、「太元」を神格化した道教神学中の最高神。

 『太上道君』は、「」を神格化した道教の神。

 『太上老君』は、「老子」を神格化した道教の神。


 道教とは、中国古来の陰陽思想儒教とが大乗仏教に影響を受けて融合・成立した宗教で、大乗仏教はキリスト教に影響を受けた原始仏教から成立したと言えるので、上記のような“三清”としての道教の三柱)が、キリスト教の三位一体の如く存在しています。

 そして、朱子はこの道教を取り入れつつもそれを批判して「朱子学」を確立することになります。

 朱子学は、13世紀朝鮮王朝に伝わり、それまでの高麗の国教であった仏教を排して、朱子学を唯一の学問(官学)としました



仏教とキリスト教 <トップ> 秦氏と東洋