復帰摂理歴史の真実
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■ 第三章 キリスト教と大航海時代
 第一節 ザカリヤ、マリアとヨセフ

1. 聖書外典「ヤコブ原福音書」より

 (1) ザカリヤとマリア

  @ 生神女進堂祭

   a) 聖母マリアの母アンナ

 アンナ(Anna)は聖母マリアの母親。正教会カトリック教会聖公会では聖人として崇敬される。
 新約外典「ヤコブによる原福音」による伝承では、アンナと夫のヨアキムには長く子供が無く、二人が老齢となってから初めて子供を授かることを天使から告げられた。これを受けてアンナは子供を神に捧げることを約束した。アンナとヨアキムは、エルサレム神殿のお陰でマリアを授かったと信じており、やがて、3歳に達したマリアをエルサレム神殿に奉献した(ただし、ユダヤでは女の子が神殿に奉献されることはない)。この話は13世紀迄はカトリック教会では正式に認められてはいなかったが、正教会では、既に6世紀からアンナの宮参りが固く信じられていた生神女進堂祭)。
 西ヨーロッパの図像学では、アンナは赤いローブ緑のマントを身に着け、しばしば書物を抱えた姿で描かれる。また、幼いイエスを抱くマリアを抱いたアンナの姿を描いたものもしばしば見られる。この様子は三位一体を表しており、しばしば一対で作られる。
 後世の神学者は、ヨアキムがアンナの唯一の結婚相手であったか、またはアンナは3回結婚したかのどちらかであると信じている。ダマスカスのヨアンネスの説教を受けた古代の人々は、アンナはただ1度だけ結婚したと信じていた。中世後期の頃の西ヨーロッパでは、アンナは、1度目はヨアキム、2度目はクロパ、そして3度目はソロモンという男性と3度結婚し、それぞれとの間にいずれもマリアという名前の(マリア、マリア、マリア)娘を1人ずつ儲けたと云う伝承が広まった。しかしこの説は、アンナの夫はヨアキム1人であると云う立場を取るカトリック教会によって1677年に完全否定された。(「聖アン アンナ」より)

<参考>
 カトリック教会には従来、聖母マリアは受胎の瞬間から原罪を免れていたとする教えがある。これを「無原罪の御宿り」という。原罪を免れているということは、罪の結果である死を免れることになり、さらには死の前兆である老いも免れていたことになる。そして聖母は生涯の終わりに死ぬのではなく、身体とともに天に上げられたとされる。これを「聖母被昇天」という。このために、カトリックの教えでは聖母は未だに身体とともに生き続けていることになり、これが聖母の出現を即座に否定できない根拠となっている(ウィキペディア「聖母の出現」より)。韓お母様の「独生女」問題は、この「聖母の出現」問題の蕩減復帰として現代にその解決が残されたものであると考えられます。
 アウグスティヌスによれば、原罪は「アダムから遺伝された罪」として、両親の性交を遺伝の機会として解釈し、カトリック教会はこれを承認しました。トリエント公会議(1546年、1547年の第5・第6会議)において、原罪と義認に関する教えがとりあげられました。ここにおいて、人間の自由意志は罪によって弱められるに過ぎず、救いの過程に参与する資格をもっており、人間の救いは恩寵と人間の行為とによるとしました。
 一方、プロテスタント教会では教派ごとに見解の差異はあるものの、原罪と人の本性とは異なり、人の本性から原罪を切り離すことは神にしか出来ない。洗礼と聖霊による新生のみにより、原罪の結果から逃れることが出来るとしました。

   b) マリアとヨセフ

 彼女が12歳になったとき、国中の男やもめが集められた。そのなかで、年老いた大工ヨセフの杖から鳩が出現し、彼の頭上に舞い降りた。そこで祭司(ザカリヤ)はおごそかに告げた。「あなたは、主の処女を保護するために彼女を引き取るという、くじを引き当てた」。こうしてマリヤは以後、ヨセフのもとに身を寄せることとなった。(『完全版 図説 聖書の世界』p322)


 この『完全版 図説 聖書の世界』における内容は、マリアが12歳になったとき、ヨセフがマリヤの婚約者として選出されたと「ヤコブ原福音書」に記されている出来事です。ところで、ここで注意していただきたいのは、ヨセフは“やもめ”で年老いていたことです。ユダヤでは、若いやもめであれば再婚するのが一般的な生き方であり、やもめに身寄りがいれば親戚縁者が面倒を見ることが当然のこととされていました。このことから、“ヨセフは若者であった”するのが妥当であると考えられます。

<参照>
 「やもめ」─ キリスト教福祉の萌芽─ 伊藤明生(東京基督教大学教授)
 福音書の外典は何を伝えていますか?

 さて、「ヤコブ原福音書」では、その後マリヤは、16歳のとき主の使いが現れ、「あなたは主の言葉によって身ごもる」と告げられます。その6か月後、マリヤの妊娠に気づいたヨセフは激怒します。その夜、ヨセフに主の使いが現れ、「マリヤは聖霊によって身ごもった。男子を産むので、イエスと名づけなさい」と告げます。
 ベツレヘムの民に住民登録の命令が出て、ヨセフと共にマリヤはロバに乗って道中産気づきました。ヨセフはマリヤを洞穴に休ませて助産婦を探しに出て行きます。ヨセフは助産婦を連れて山から下りてくると、光り輝く雲が洞穴を覆ったかと思うと、眼が耐えられないほどの大きな光が輝きイエスが誕生しました。
 そのころ、ユダヤのベツレヘムでは、天の星を見てイエスの誕生を知った東方の賢者たちが「ご誕生になったユダヤ人の王はどこにおられるか」と言ったのを、ヘロデ王が聞いて、賢者たちをイエスの居場所を突きとめるために行かせました。賢者たちは星に導かれ、洞穴にたどり着くと、イエスに捧げ物をしました。そして、天使からお告げを受けて、別の道を通って自分たちの国へ帰っていったのです。
 ヘロデは賢者たちにだまされたことに気づき、「2歳以下の赤児を殺せ」と命じました。マリヤはこれを耳にして恐れ、子供(イエス)を抱いて布でくるみ、牛の飼い葉桶に横たえたとあります。
 マリヤとイエスに関する「ヤコブ原福音書」の記述はここまでで、マタイによる福音書1章18節〜2章16節の内容と同じですが、違うところはイエスが洞穴で誕生したことと、ヨセフとマリヤがイエスを連れてエジプトに逃れたことマタイによる福音書2章13節〜15節が記されていないことです。ルカによる福音書2章7節では、イエスが誕生したときは、「客間にいる余地がなかったため、飼い葉桶の中に寝かせた」とあります。

<参照>
 キリストの降誕

   c) ダビデの家系

 イエスの父はヨセフではない。しかし、マタイによる福音書1章には“アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図”としてマリヤの夫ヨセフの系図として書かれています。“イエスの出生の秘密”について文鮮明先生が「イエス様の父はザカリヤである」と言われたことからすると、祭司ザカリヤを父として誕生したイエスは、ダビデ族ではなくレビ族となる。ところが、ダビデの時代に、ユダ族ダビデの子孫とレビ族祭司との間に血縁関係があったことを示しているのである。

 ダビデの子たちは祭司であった。(サムエル記下8章18節)


 つまり、祭司ザカリヤはレビ族とユダ族の両方の血統を継承しているのである。それゆえに、祭司ザカリヤとマリヤから生まれたイエス様はユダ族、ダビデの血統であり、同時に、祭司レビ族の血統でもあるというのです。

<参照>
 再臨のメシヤの思想圏 〜3 無原罪論 3.1 「真のお父様の無原罪論」その11〜

 さらに、文鮮明先生は次のようにも述べています。

 イエス様は何を中心としたか。イエス様はですね。ヨセフの親族を中心として、12弟子を造って家庭的および親族内でその基盤を立てようとした。他の人たちを中心とするんじゃない。自分の親族圏内で、そのダビデの子孫として祝福されたヨセフの家系を中心として、一つになって民族、国家の基盤を造ろうとしたのが神の摂理である。しかし誰もが責任を果たさなかった。ザカリヤの家庭、そしてヨセフ、母親マリヤもそうなんだ。マリヤも、神から天使を通して命じられた時には、天の子と思ったんだけれども、生まれてから、メシヤとして侍らなかった。だから親族関係が責任を果たさない。ヨセフにしてみれば、イエス様は自分の子供じゃない。イエス様はマリヤの連れ子だ、連れ子なんですよ。夢の中で、「あなたのいいなずけが孕んだその子供が聖霊による」といっても、ヨセフにはそれが何かわかる。だから連れ子としてイエス様は自分の弟たちにいじめられたというんです。聖書にはないんですよ。(『文鮮明先生の日本語による御言集1』 p322 「名古屋教会和動会での御言」 1965年2月1日 名古屋教会)


  A 祭司ザカリヤ

 マタイによる福音書第1章を見れば、4人のふしだらな女性が出てきます。バテシバタマルルツラハブがまさにその人たちです。なぜ聖書にこのような女性たちの名前が出てくるのでしょうか。何の理由もなくただ現れるのではありません。それだけの事由があるのです。新約聖書のマタイによる福音書第1章は旧約聖書の創世記第1章に該当するものであり、記された歴史的悲運の事情が、再びマタイによる福音書と関係をもって現れるのです。いわば、新しい歴史の道は、創世記の歴史的な悲運の内容から始まったということを暗示するために、創世記のような悲運の内容が聖書にしばしば記録されているのです。(『神の摂理から見た南北統一』 p63〜p64 1980.11.18 )


 上記の「マタイによる福音書第1章の4人のふしだらな女性」とは、以下のところです。

 アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父、アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父、サルモンはラハブによるボアズの父、ボアズはルツによるオベデの父、オベデはエッサイの父、エッサイはダビデ王の父であった。
 ダビデはウリヤの妻(バテシバ)によるソロモンの父であり…… (マタイによる福音書1章2節〜)


 いずれも、「ルツ記」と「統一王国時代 (上)」で述べました。さらに、創世記第1章の該当箇所とは、創世記第1章26節〜27節であり、人類の始祖アダムとエバが誕生した箇所と考えられ、これは一度にしてアダムとエバが誕生したのではなく、幾度となく失敗が繰り返され、ようやく“神の願いに叶うかたちでアダムが誕生して、エバが誕生する”まで未曾有の時を要したとされる“悲運の内容”があったと考えられるのです。イエスの誕生も完全にその環境や状況が整えらたうえでの誕生ではありませんでした。

 さて、マリヤの親戚にエリサベツという女性がいた。彼女は洗礼者ヨハネの母である。ヘロデはイエスのみならず、この洗礼者ヨハネの命も狙っていたのだが、これを聞いたエリサベツは彼(ヨハネ)を連れて山に登り、どこかに隠れようとした。だが隠れる場所はどこにもなかった。そこでエリサベツは神に祈った。「神の山よ、母と子供とともに入れてください」。すると、たちまち山が二つに裂けて彼女を迎え入れた。そして彼らのもとに光が差し込んできた。主の使いが彼らを守っていたのである。
 ヘロデはヨハネの父である祭司ザカリヤを尋問し、ヨハネとイエスの居場所を聞きだそうとしたが、ザカリヤは答えない。「私は神の証人だ、私の血を流すならそうするがいい。私の霊は、主が受け入れてくださるのだから」。そこでザカリヤは殺された。彼の遺体はどこにもなかったが、その血は燔祭の祭壇のかたわらにこびりついており、その後、その血は石と化した
 ヘロデの死後、エルサレムは騒乱の時代を迎える。ヨセフはその騒乱を避けて荒野に赴き、この物語を書きとめた。(『完全版 図説 聖書の世界』p326 )


 文鮮明先生が語るように、イエスはなぜヨセフの親族を中心として基盤を立てようとしたのでしょうか。イエスの誕生に関する神の証人がザカリヤであるならば、祭司ザカリヤの親族からその基盤を立てたほうがより確実であっただろうと考えられるからです。しかし、ザカリヤが死んでしまえば、ダビデの家系であるヨセフの親族を中心とするよりないのですが、ヨセフが“イエスをマリヤの連れ子として思いをめぐらしていた”とするならば、ヨセフの親族内でその基盤を立てるというのは極めて困難なことでした。


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