復帰摂理歴史の真実

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■ 4. 南北王朝分立と神の摂理



「北朝イスラエル」 (10支族)
 ルベン族
 シメオン族
 イッサカル族
 ゼブルン族
 エフライム族 (ヨセフの支族)
 マナセ族 (ヨセフの支族)
 ダン族
 ナフタリ族
 ガド族
 アシェル族

「南朝ユダ」 (2支族)
 ユダ族
 ベニヤミン族


 さて、ソロモンが不信仰に陥らずに、神殿建設以後メシヤの為の基台と、ある期間を経ればそこへメシヤが降臨されたかもしれないが、神の御意とは反対にイスラエル民族は分裂の方向をたどらなければならない事になってしまった。

 ところが、この時以降、原理にも御言葉にも、ほとんど語られていないのである。偶像崇拝をもって不信仰の限りを尽くし、挙句の果てにはメシヤを十字架に付けてしまったのであるから、語るべき内容はおろか歴史に残すべき内容もないほどかも知れないが、聖書をみていくと幾つか疑問の点があるので、その点を考えてみたい。

 一つは、神は何故、北朝イスラエルの10支族、南朝ユダの2支族に分けたのか?
 次に、南北朝に分立してどの様に摂理されようとされたのかを考えてみたい。


南北朝分立の原点はヤコブの家庭

 上図をご覧下さい。

 さて、ヤコブの妻はレアとラケルでした。ヤコブが愛したのはラケルでありましたが、ラケルは神への信仰が足らずなかなか子供が生まれなかったのです。ところが、姉のレアは神に祝され子供に恵まれたのです。そしてレアは子供が生まれるたび毎に神を讃美し、それにちなんで子供に名前を付けました。

 しばらくして、居ても立ってもいられないラケルは姉レアを妬むようになると、ヤコブはラケルに「あなたに子供が出来ないのは、あなたの信仰が足りないからです」と告げられ、ラケルは悔い改めた末にようやく誕生したのがヨセフでした。

 ところが、レアとラケルは姉と妹の関係から、レアがカインラケルがアベルの立場でした。しかし、レアの未子のユダは、更にタマルの信仰によってメシヤ誕生への血統となっていくのです。

 そして、ラケルの子ヨセフはエジプトで副王となり、ヤコブの家庭の繁栄をもたらしました。やがては民族圏を形成し王国を築くまでになったのです。まさしく王族の内容を備えたのがヨセフだったのです。

 以上のことから、南朝ユダはユダ族ベニヤミン族によってアベルの王朝としてメシヤ誕生に備え北朝イスラエルはメシヤを保護する王国を築くためのカインの王朝として神が摂理しようと計画されたのでした。


数々の預言者

 さて、南北朝分立以後の旧約聖書の大半は北朝イスラエルの事がほとんどです。神は北朝イスラエルに王を立てるために数々の預言者を送りました。中でも預言者エリヤは有名ですが、その時の王アハブは最も力がありましたが、偶像崇拝による不信仰の限りを尽くしました。挙句の果てに預言者エリアは使命半ばにして昇天してしまうのです。

 預言者マラキ「主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす」と預言されましたが、メシヤ降臨準備時代にはイスラエルの王を立ててメシヤを迎えることができず、古代ローマの属国となり、ローマの主権者の中でメシヤを向かる事になったのでした。そのため預言者エリヤの使命を担った洗礼ヨハネが当時のユダヤ民族を一つにしてイエスに向かわしめるのは、祭司ザカリヤの子としてのヨハネが最も適任者だったのです。






 次に、ユダ について見てみましょう。左図を見て下さい。

 ユダは、ヨセフを他の兄弟達が殺そうとたくらんだ時、たった一人助けようと考えました。それは、父ヤコブのヨセフを愛する心情を知っていたからです。

 他の兄弟達が自分の思いを優先してヨセフを殺そうとしたのに対して、ヨセフは自分の思いを押し殺して父ヤコブの愛を優先させたのです。これは利他的愛を優先させたところから来る愛で、決して自己中心的な愛ではありませんでした。

 ところで、真の愛は相対的な関係が一致した所から生ずる愛なので、タマルも同じように、神が愛するユダを知ったので、死を超えてまでもユダの血統を残そうとユダを愛し、ペレヅとゼラが誕生し、メシヤ誕生の血筋が出発したのです。

 つまり、神への信仰は、真の愛の出発であり動機となるのです。

 同じようにヤコブとラケルにその様な愛で育てられたベニヤミンの子孫がユダの子孫と共に 南朝ユダ に選ばれたのですが、北朝イスラエルの崩壊の後、南朝ユダも同じ道をたどることになってしまうのです。



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