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4. 失った満洲国の摂理的意義


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1 失った満洲国の摂理的意義と共生共栄共義主義

 日本がエバ国家になった場合には、韓国と日本の国境はすぐなくなってしまうのです。そして、中国は天使長国家です。中国をアダムとエバが抱擁するようになるのです。分かりますか?(『文鮮明先生の日本語による御言集 特別編1』p209)

 共生共栄共義主義は、文先生の神主義を経済、政治、倫理の側面から扱った概念であり、共生主義と共栄主義と共義主義の三つの単純概念からなる複合概念である。(『統一思想要綱』p697)

 共生主義は、理想社会の経済的側面を扱った概念であるが、特に所有の側面を扱った概念である。所有の側面から見るとき、資本主義経済や社会主義(共産主義)経済の特徴において、前者は私的(個人的)所有であり、後者は社会的(国家的)所有である。
 ところで、両者共に、愛という要素は全く排除されている。すなわち私的所有であれ、社会的所有であれ、心理的要素が排除された単純な物質的所有にすぎないというのが、その特徴の一つであると見ることができる。
 しかし、これに対して共生主義は、神の真なる愛に基づいた共同所有を意味する。すなわち、共同所有とは、第一に神と私の共同所有であり、第二に全体と私、第三に隣人と私の共同所有をいう。ところで、共同所有は単なる物質的所有だけではなく、神の真の愛に基づいた共同所有である。これは神の限りない真の愛によって、その真の愛に満ちた贈り物である一定の神の財産(所有)が、神からわれわれ(私と隣人)に共同管理するようにと授けられたことを意味するのである。(『統一思想要綱』p698)

 共栄主義は、理想社会の政治的な側面を扱った概念である。これは特に、資本主義の政治理念である民主主義に対する代案としての側面から、未来社会の政治的特性を扱った概念である。(『統一思想要綱』p705)

 共義主義は、共同倫理の思想をいう。これは、すべての人が公的にも私的にも道徳・倫理を遵守し、実践することによって、健全な道義社会すなわち共同倫理社会を実現しなければならないという思想である。今日、資本主義社会や共産主義社会(ソ連、東ヨーロッパなどの前共産主義社会、および中国や北韓などの現共産主義社会)を問わず、人民大衆が持たなければならない価値観、すなわち道徳観念や倫理観念は、ほとんど消えてしまったために、それによって、様々な不正腐敗の現象や社会的犯罪が氾濫し、世界は今、大混乱に陥っている。そして人々は、今日のこのような価値観の崩壊を見て嘆きながらも、その収拾法案を提示しえないでいるのである。  共義主義はまさしく、このような価値観の崩壊を根本的に収拾して、誰でも、いつでも、どこでも、道徳と倫理を守るような、健全な道義社会を地上に立てようという理念である。言い換えれば、資本主義社会と共産主義社会の次の段階として到来するようになる理想社会は、先に説明した共生共栄の社会であると同時に、万人が地位の上下を問わず、共同に同一なる倫理観をもって生活する共同倫理の社会なのである。(『統一思想要綱)p716〜p717)

 ところで、すべての宗教の目的が達成された世界が共生共栄共義主義社会であって、それがまさに再臨のメシヤを中心とした社会である。したがって再臨のメシヤの教えは、キリスト教の中心真理を含んだ教えであり、儒教の真髄を含んだ教えであり、仏教の核心を含んだ教えである。そして、そのことが明らかになるために、あえて一教派の看板に固執する必要はなくなるのである。同時に、共生共栄共義主義社会は今までの宗教が教えてきたように、未来を準備するための社会ではなくて、メシヤとともに現実の中で真の愛の生活、すなわち天国生活を営む社会である。その社会は、万人が同一なる価値観をもって生活するために、今までの信仰に重きを置いた宗教教理は実践に重きを置いた生活倫理となる。未来社会のそのような側面を指して、共同倫理社会すなわち共義主義社会というのである。(『統一思想要綱』p717〜p718)

<参照>
エバの摂理完了と男性復帰(下)



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