復帰摂理歴史の真実

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■ 2. 大航海時代と南北アメリカ
     f. 宗教改革



 ルターが宗教改革の狼煙を挙げたのが1517年ですから、前に紹介した「新大陸発見−北米編」のページの頃の時代に始まった事です。

 それから32年後1549年に、ポルトガル王の依頼を受けたフランシスコ・ザビエルらによって日本にキリスト教が伝来されたのです。





ルター (1483年11月10日〜1546年2月18日)ドイツ人神学教授。

 「人の姿となられた神の言葉としてのイエス・キリストにのみ従う」ことによって、信仰と思想において宗教改革という転換をもたらしました。

 「聖書」をキリスト教の唯一の源泉にしようと呼びかけ、カタリナ・フォン・ボラという元修道女と結婚したことでプロテスタント教会における教職者、牧師の結婚という伝統をつくり“家庭観”にも一石を投じています。

 ヴィッテンベルク大学に移って哲学と神学の講座を受け持つことになったルターは、アリストテレスの手法を適用したスコラ学的なアプローチの限界を感じ、“神を理性で捉えることは困難である”という理解に達しました。


 ルターの心を捉えたのは、パウロの『ローマ人への手紙』に出る「神の義」の思想でした。

 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。
 神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。
 (ローマ人への手紙 1章17〜18節)

 この様に「信仰によって義とされる」と言う結論に至ったルターは、「信仰義認」と呼ばれるようになりました。


贖宥状(しょくゆうじょう)

 古くは十字軍の頃から始まったもので、中世以降のカトリック教会がその権威によって罪の償いを軽減できると言う思想が「贖宥」です。原理で言う「減償法」がそれに該当ます(そもそも、堕落人間にその権威はありませんが・・・)。

 免罪符とは善行や献金に対しての代償として一時的に与えた罪の免罪証明書のことで、贖宥状は免罪符とはその償いの程度は全く違うものとされていました。

 問題は、贖宥によって義を行い善を成そうとする努力を全くなさなくなってしまい悪がはびこってしまったことです。多額の献金を行えば贖宥によって全ての罪が償われてしまうとしたことから、善を志向する心が失われて、怠惰やエゴが蔓延してしまった事です。


 さて、教皇レオ10世サン・ピエトロ大聖堂の建築のため全贖宥を公示しました。贖宥状購入者に全免償を与えると布告したのです。これに対してアルブレヒト・フォン・ブランデンブルク (1490-1545)は、とんでもない野望をむき出しにし、贖宥状販売の独占権を得る贖宥状販売のための指導要綱」を発布して稼ぐだけ稼いでローマ教皇庁の心証を良くしマインツ大司教位を得ようと考えたのでした。

 これに対してルターは、贖宥状によって罪に対して果たすべき償いが軽減されるというのは「人間が善行によって義となる」という発想そのものであると思えたのです。しかし、そのときルターが何より問題であると考えたのは、贖宥状の販売で宣伝されていた「贖宥状を買うことで、煉獄(れんごく)の霊魂の罪の償いが行える」ということでした。

 本来罪の許しに必要な秘跡の授与や悔い改めなし贖宥状の購入のみによって煉獄の霊魂の償いが軽減される、という考え方をルターは贖宥行為の濫用であると感じたのです。


95ヶ条の論題

 ルターは、1517年10月31日アルブレヒトの「指導要綱」には贖宥行為の濫用がみられるとして書簡を送りました。それが「95ヶ条の論題」です。

 英文で95ヵ条が掲載されていますので、機械的に翻訳して御覧ください。95ヶ条の論題

 以上のことが発端となって宗教改革の渦が巻き起こって来ました。





カルヴァン (1509年7月10日〜1564年5月27日)フランス生まれの神学者。

 ルターに先駆けて改革を唱えた人物です。フランスのパリからスイスのバーゼルに亡命後「キリスト教綱要」を刊行しました。

 生まれ育った土地柄も関係してか、その短気さゆえに人との衝突が絶えなかったカルヴァンは、度が過ぎた厳格さから問題も多かった様です。




キリスト教綱要

 1536年ラテン語で執筆されたプロテスタント神学最初の組織神学書

 聖書に対する神学的な手引書となっており、「神の権威と聖書における唯一の啓示」を主張していて次の四篇からなっています。

 第一篇
 創造主なる神に関する認識について

 第二篇
 最初律法の下に父祖たちに次いでまた、福音に於いて我々に明らかにせられたる、キリストに於ける贖い主としての神に関する認識について

 第三篇
 キリストの恩寵を受くる様式、およびその恩寵より我々のために生ずる結果、並びに其に随伴する効果について

 第四篇
 神が我々をキリストとの交わりに招き、その中に留めおき給う外部的手段或は援助について


予定説

 アウグスティヌスの全的堕落の救いに関する解釈の問題ですが、神は救われるべき人々をあらかじめ選ばれるというものですが、原理ではカルヴァンについて、「カルヴィンのように、頑固な予定説を主張する人が出てくるのである」と言っているだけです。

 もちろん、神の救いはその順番はあっても、地上はもちろん霊界までも全ての人類に適合されるものです。予めその救いに選ばれるものと選ばれないものが生じるのは、全く神様の創造と人間の堕落を理解していないと言えるでしょう。

 この点において当時のローマ教皇庁の腐敗を解決できないどころか、むしろ助長してしまうことになりかねないとも言えます。カルヴァンが宗教改革の中心的人物に今ひとつなのはこの様な問題があるのかもしれません。





蕩減と救い


 “蕩減”とは何であり、なぜ“蕩減復帰”なのでしょうか。

 原理にはこの様にあります。

 「どのようなものであっても、その本来の位置と状態を失ったとき、それらを本来の位置と状態まで復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らかの条件を立てなければならない。このような条件を立てることを『蕩減』というのである。」

 さて、本来の位置と状態がわからなければ、どこに復帰しようとするのかがわかりません。人類始祖アダムとエバは各々個人から出発して家庭を成し、氏族、民族を編成して世界を築き、神様の創造理想である天宙を成就するはずでした。

 つまり、左図の(↑)上向きの矢印の方向に向かうはずだったのです。しかし、個人から家庭を築く途上で堕落し、そこから一挙に(↓)下向きの矢印の方向に転落してしまったのです。

 ところが、堕落しても繁殖してふえ広がれば氏族を成して民族を成し、国家を築き、世界を成します。おのずと上位層を築いていくにしても力は下向きにしか働きません。まるで万有引力のようで、この世では当然の事ではありますが、本来は上向きに力が作用すると言うのです。太陽の光に暖められて水蒸気が上昇するかのようにです。


 ここで「蕩」という字を考えてみましょう。「」と言う字には次のような意味があります。

 @ほしいままにする。
 A物事に締まりがなくデタラメである様。
 B汚れや邪魔なものをきれいに除く。

 堕落によって身についた堕落性本性Bと理解していることが多いように思いますが、本当は@Aの意味合いが強いのです。

 つまり、堕落によってサタンより相続した堕落性@自己中心的な“創造本性に反する”間違った思いAを「」らす、取り払うことこそが「蕩減」の本来の意味なので、(↓)下降線では無くて(↑)上昇線に向かうのが復帰”であると言えます。

 “為に生きる”愛を強調するのもこの事から理解ができますが、堕落性が強ければ強いほど、つまり、(↓)が強ければ強いほど(↑)に対しては抵抗力が強くなるので“苦痛”を感じます。しかし、苦痛の先には喜びがあるのも理解ができることです。

 さて、堕落は個人から家庭の間(家庭を築く前)で起こりました。堕落によってアダムとエバが結ばれ、堕落した家庭ができたのです。

 サタンとの間違った愛によって堕落したので、“本然(真)の愛”によって男性と女性が“本然(真)の家庭”を築き、上(↑)の方に向かって行かなければならないとしているのが“救い”ですが、“本然(真)の愛”はメシヤが真の家庭で成就して、我々はそれを(祝福を通じて)“体恤”するということです。  しかしそれは、我々がその取り巻く環境圏の為に生きることによって“体得”する(身「実」を持って感じ取ること)であると言うのです。

 原理的な点に関しては後の章で述べることと致します。



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