復帰摂理歴史の真実 |
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■ 第二章 ユダヤと失われた10支族
第一節 ユダの覚悟と十戒 1. ヤコブの息子、ユダとヨセフ 創世記40章では、ヨセフが獄中で、囚人となった給仕役の長と料理役の長の夢解きをします。 さらに創世記41章では、パロ王の夢に対する給仕役の長の助言がきっかけとなって、ヨセフがパロ王の夢解きをしたことにより宰相の位に就き、30歳のときオンの祭司ポテペラの娘アセナテを妻に娶って二人の子マナセとエフライムを儲けました。 創世記42章においてはエジプトのみならずカナンにおいても飢饉となったため、ヨセフの兄弟10人は穀物を買いにエジプトのヨセフのところへ向かいましたが、シメオンを人質にして帰途することになったのです。ところが途中の宿で袋の中にある銀に気が付き、カナンに着くとめいめいの袋の中に金包みがあったため何故神がこの様にされたのかを恐れました。 (1) 二度に及ぶユダの覚悟 @ 創世記43章でのユダの覚悟
エジプトにシメオンが人質にされていたことや、カナンでも飢饉が長く続いたことで食糧が底をつき始め、生きていくためにはどうしてもベニヤミンを連れてエジプトへ行かなければならないという状況が、ユダの覚悟を促しました。
ところが、そのヨセフの覚悟が父ヤコブの覚悟を後押ししたのです。ヨセフを失ったと思っている父ヤコブにとって、ベニヤミンをも失うことは、最も愛した妻ラケルの子をすべて失ってしまいかねない大変な覚悟となったのです。
この様な覚悟を決してエジプトに入ったユダらは、シメオンを取り戻し (創世記43章23節)、ヨセフにベニヤミンをささげると、ヨセフは気づかれないように部屋に入って泣いたのです。
ところで、創世記43章32節に 「陪食のエジプトびと」 とあるように、身分の違いで食事の席を別にするエジプトびとの習慣と、それに驚いたへブルびととの関係が記されています (創世記43章33節)。この様な相手を避けようとする関係を改善できないままへブルびとがエジプトで増え続けた結果、関係が悪化し、エジプトでの苦役を招いてしまいました。 A 創世記44章でのユダの覚悟
暫くぶりで弟に会ったヨセフは、懐かしさのあまり涙を堪えることができなかったので、顔を洗って自らを制して食事を済ませました。ヨセフは、明くる日兄弟たちの帰り支度に合わせ、家づかさに食料を準備させながら密かに弟ベニヤミンの袋の口に自分の銀の杯を忍ばせておいたのです。 兄弟たちが出立すると、少ししてヨセフは家づかさに後を追わせ銀の杯を盗んだとしてそれを咎めました。やむを得ず兄弟たちはヨセフの家に引き返し、ユダはヨセフに決死の覚悟をもって真実を述べたのです (創世記44章18節〜)。それは、ユダの父ヤコブの覚悟と自らの覚悟 (上記) でした。この覚悟がアブラハムのイサク献祭の時のように、父ヤコブとユダの覚悟が一致してヨセフの心に衝撃を与え、ヨセフは自分を制しきれなくなり嗚咽して自らを明かしたのです。 この時のイスラエル (ヤコブ) とユダの一体となった覚悟が、後のメシアを迎える選民としてのユダヤ民族となっていくことになります。 B 神の心情を継ぐイスラエル 創世記43章から44章にかけてのユダの覚悟は、第一にイスラエルとしての父ヤコブに対しての覚悟で、第二にその血を受け継ぐイスラエル全体に対する思いからの覚悟でした。その覚悟は、自分を犠牲 (供え物) にして、父ヤコブを中心とする “神から祝福されたイスラエル” の為を思えばこその覚悟だったのです。それは、“唯一絶対なる神” が、“夜の神様” と “昼の神様” に分かれて再創造の摂理を成さなければならない立場に立たれたその心情と同じ立場でした。それ故にユダの立てたその心情を基軸として、ユダヤ教によるイスラエル選民の摂理が出発したのです。 2. 夜・昼の神と「十戒」 @ 「頭翼思想」にみる“夜の神様”と“昼の神様”
左図は、頭翼思想 (統一思想) の原相論にある 「原相の二段構造」 です。上のヨハネによる福音書1章1節から5節を用いて分かりやすく説明いたします。 ≪青下線部≫ 天地創造の始まる以前の闇の中に “言” のみが存在しました。“言” は神であって、“命” でした。 これは左図の青三角 (▽=夜の神様) に該当し、“言” はロゴス (理法=理性+法則) に該当します。これは “命” であって、人 (木) の主 (柱) としての神は “命の木” としての 「アダム」 を創造しました。 ≪赤下線部≫ すべてのもの (森羅万象) は “言 (ロゴス)” に従って創造されました。この左図の赤三角 (△=昼の神様) に該当するところは、ロゴス (青三角) を主体として創造目的を中心に据え形状 (質量) と合成一体化し新生体 (森羅万象) を形成します。その創造目的は “心情” を動機とした目的となることによって、愛する主体と愛される対象との間で神の権威として光輝くのです。 頭翼思想では、“心情” は神の性相の最も核心となる部分であって、「愛を通じて喜ぼうとする情的な衝動」 であるとしています。 A “唯一絶対なる神”と「十戒」
第1から第3は、唯一絶対の神を崇拝することに関する戒め。 第4は、「安息日を覚えて “聖” とせよ」 とは、安息日には “徳を高めよ” ということであって、“神と真っ直ぐな心で向き合って自らを正すこと” を意味します。 第5は、“父母を敬え” ということですが、「敬」 という字は、「羌(羊を飼う遊牧民)人の犠牲を捧げ、神をうやまうこと」 を意味していることから、“あなたの父母を敬うように、あなたの神を敬え” とも言い換えられます。 これらのことから、第6から第10は、神の意志に逆らうようなことはしてはならないとして、殺傷、姦淫、窃盗、偽証、強要などを戒めたとされます。 <参照> ・ 聖 - ウィクショナリー日本語版 ・ 徳 - ウィクショナリー日本語版 ・ 敬 ・ 敬 - ウィクショナリー日本語版 B “太陰暦”と“太陽暦”と“天暦” 前ページで (ユダとタマルの内的摂理完成と外的摂理) 取り上げたメソポタミア文明は太陰暦、エジプト文明は太陽暦でしたが、太陰暦は月の満ち欠けを暦にしたもので太陽暦は太陽の出入りを暦にしたものです。ところが、前ページでは “月” が完成したアダム (命の木) を象徴し、“太陽” が完成したエバ (善悪知るの木) を象徴することになりますが、これは “地球” から “月” と “太陽” 見ている立場であることから、“地球” は 「神」 を象徴していることになります (左図)。 ところで、メソポタミア文明というのは、ノア家庭でハムの失敗が無ければアブラハムがカナンに行く必要がなく、アブラハムの象徴献祭が失敗しなければ、エジプトでの摂理も必要なかったはずです。ノアの家庭も、アブラハムの象徴献祭までは、その地にメシアを迎える摂理としてありましたが、サタン側がすでに、二つの文明圏 (メソポタミアとエジプト) を築き、神側もそれに対応できる勢力が必要となりました。そのため神は長子権復帰の民族的摂理をされたのです。つまり、エジプト民族がカイン、イスラエル民族がアベルとしてエジプトの地で摂理をされました。メソポタミアはセム系民族 (長子系)、エジプトはハム系民族 (次子系)でした。 これらの事から、タマルによってメシア誕生の為の摂理が完成し、太陰暦を用いた摂理がひと段落し、エバをたてる摂理としての新郎を迎える新婦の基準をたてる摂理として、イエス以降の聖霊によるキリスト教の摂理の様な時代圏を太陽暦が意味しているところとなるでしょう。 結局 “天暦” とは何かと言えば、地上に “真の父” が立たれその使命と責任を全うされたことによって、“天父” の時代を迎えたことを意味します。“天父主義” “神主義” “頭翼主義” の時代を迎えたのです。 太陽は、地球と月の周りを回転しますが、月は地球の周りを回転します。しかも、月は地球から見れば絶えず月面の半分の “表” であって、その “裏” を見ることはありません。月は地球に未来永劫に渡って顔 (表) を向けて回り続けるのです。
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