復帰摂理歴史の真実

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イサク献祭とイサクの家庭 <トップ> ユダとタマルの内的摂理完成と外的摂理

■ 第1章 第2節 メシア誕生のための内的摂理
     c. ヤコブの母リベカと妻レア


1. レア(正妻)とラケル(側女)

 (1) リベカの双子

  @ 二つの主眼点

 イサクは妻が子を産まなかったので、妻のために主に祈り願った。主はその願いを聞かれ、妻リベカはみごもった。ところがその子らが胎内で押し合ったので、リベカは言った、「こんなことでは、わたしはどうなるでしょう」。 彼女は行って主に尋ねた。主は彼女に言われた。
  「二つの国民があなたの胎内にあり、
  二つの民があなたの腹から別れ出る。
  一つの民は他の民よりも強く、
  兄は弟に仕えるであろう」。
 彼女の出産の日がきたとき、胎内にはふたごがあった。さきに出たのは赤くて全身毛ごろものようであった。それで名をエサウと名づけた。その後に弟が出た。その手はエサウのかかとをつかんでいた。それで名をヤコブと名づけた。 (創世記25章21節〜26節)


 創世記25章21節から26節の聖句には、二つの主眼点があります。一つは、兄が弟に仕えること。その兄と弟は二つの民となり、国民となること。もう一つは、兄エサウと弟ヤコブが産まれるとき、ヤコブの手がエサウのかかとをつかんで産まれてきたことです。実は、これと同じく、またそれ以上の出来事が聖書にはもう一箇所あります。

 さて彼女の出産の時がきたが、胎内には、ふたごがあった。出産の時に、ひとりの子が手を出したので、産婆は、「これがさきに出た」 と言い、緋の糸を取って、その手に結んだ。そして、その子が手をひっこめると、その弟が出たので、「どうしてあなたは自分で破って出るのか」 と言った。これによって名はペレヅと呼ばれた。その後、手に緋の糸のある兄が出たので、名はゼラと呼ばれた。 (創世記38章27節〜30節)


 これは、タマルのふたごペレヅとゼラの誕生時の出来事ですが、リベカの時は、兄エサウのかかとをつかんで弟ヤコブが誕生しましした。しかし、タマルの時は、兄として産まれるべきゼラが胎から手を出した時、ペレヅが (ゼラのかかとをつかんで) ゼラを胎の中に引き戻し、替わってペレヅが胎から出て兄となり、続いてゼラが出て弟となったのです。胎中で兄と弟が入れ替わって、一度弟の立場となりかけたペレヅが兄として誕生したので、長子権が胎中で復帰されたことになり、メシアが誕生できる内的条件がすべてそろったということになりますが、胎中ではそれ以上の摂理が不可能なために、ヤコブの内的復帰節理の完成が不可欠でした (タマルの件は後のページで説明いたします)。



  A 長子の嗣業と父イサクの祝福

 さて、創世記25章29節から34節に、エサウがヤコブに長子の特権を売ったことによって復帰節理が始まりました。

 エサウは四十歳の時、ヘテびとベエリの娘ユデテとヘテびとエロンの娘バスマテとを妻にめとった。彼女たちはイサクとリベカにとって心の痛みとなった。 (創世記26章34節〜35節)


 イサクとリベカにとってとんでもない出来事が起こりました。40歳のエサウが、ヘテヒッタイト) びとの二人を妻に娶ってしまったのです。長子の特権を軽んじるばかりでなく、前ページで述べたエサウの妻としてレアを考えていたイサクとリベカにとって、神に祝福されたヤコブ家庭として大きな心の痛みとなりました。
 神に対する信仰が程遠いエサウが妻としたのは、多神教を信仰する異邦の娘たちでした。リベカは、アブラハムから続いた神の祝福を、夫イサクの代で途絶えさせてはいけないと、綿密な計画と万端な準備を成して時を待ったのです
 イサクは、声はヤコブの声だが、手をさわるとエサウの手としながらも、リベカの作ったしかの肉の御馳走を食べて満足し、ヤコブを祝福したのです。エサウは、パンとレンズ豆のあつもので長子の特権をヤコブに売り、ヤコブはしかの肉の御馳走でイサクの祝福を得たのです。



  B ヤコブのハラン苦役からエサウと再会

   a) ヤコブが立てた信仰基台

 神様は、ヤコブを祝福しました。祝福を受けたヤコブは、ハランへ行き、二十一年間受難の道を行きました。彼は、ラバンに十回もだまされながら迫害の道を行ったのです。彼は悲しい立場にいました。環境を中心として見たとき、嘆息と絶望に突き当たる立場に立っていました。しかし、絶望を訴えるヤコブになっていたとしたなら、自分自身を中心として嘆息するヤコブいになっていたなら、彼はイスラエルを代行する選民的権限をもつことはできなかったでしょう。
 ヤコブは、二十年を越える受難の道にあっても、祝福が変わらないものであることを最後まで信じたのでした。環境がどんなに変わっても、変わらないものがあるのだと信じたのです。どんな財力が前を阻んだとしても、それを切り抜けて進んでいったのです。ラバンは、他のものを提起して、ヤコブの行く道を阻むようにしたのです。しかし、最後の勝利は誰に帰されたのかといえば、ラバンにもたらされたのではなく、ヤコブにもたらされたのです。
 そのような歴史的な結果をもたらさなければ、神様の勝利の日を、この歴史上に残すことができないので、そのようになしたのです。ですから、嘆息していた天が勝利できる基盤は、嘆息する群れが絶望しない時に立てられた歴史であったということを、皆さんは知らなければなりません。 (「牧会者の道」 p48〜p49)


 ヤコブがベエルシバを出て、ハランに向かう途中で、夢で神から祝福を受けました。朝早く起きて、枕にしていた石を柱とし、上から油を注いでその地をベテルと名付けたのです。この創世記28章の聖句にある “” はキリストを象徴し、 “油を注がれた者” は神によって聖別された者としての “メシア” を象徴する言葉となりました。
 ヤコブは、母リベカの神の祝福に対する思いを受け継ぎ、ベテルにおける神からの祝福によってその思いを一層強くしました。ハランにおけるラバンによる苦役にも、神による祝福を希望として一途に貫くことによって二人の妻と多くの万物を得ることができたのです。

 ヤコブは骨が外れながらも、死力を尽くして闘いました。「私が二十一年間苦労してきたことが、この闘いで判決されるのだ きょう、この一晩の闘いに勝つか、負けるかによって、私の一生の運命が左右され、イスラエルの祝福の基盤が左右されるのだ」 という思いで、命を懸けてすもうをしたのです。天使が来て冗談で 「すもうをしよう」 と言うとおもいますか?
 天使が来た時ヤコブは、神様の使者として来たことを知りました。ですから、 「私を滅ぼすための使命をもって来たのか、でなければ福を与えるための使命をもってきたのか?」 と問えば、 「福を与えるために来た」 と答えたので、 「福をくれるならくれればいいのに、なぜくれないのか?」 と言えば、 「責任分担が残っているのでそのままでは与えられない」 と言うのです。すなわち、ヤコブがすもうをして勝たなければ福を与えることができないというのです。言い換えれば、命を懸けて闘わなければ与えられないというのです。そのような条件を懸けていで立った時、ヤコブは 「よし、私の指が抜けても、絶対に負けはしない」 と決心し、刀で打たれても放さず、首を切られても離れないという心をもってすもうをしたのです。どれくらい闘ったでしょうか? 一晩中闘ったのです。お前が死ぬまで放さないという心で闘ったのです。
 ここには、神様も立ち合い、サタンも立ち会っていました。ところで最後の決定をするその場で、ヤコブはどれだけ切ない思いだったでしょうか? 天使が腰の骨を打ち、足の骨を折ってしまってもヤコブは放しませんでした。お前が死に、私が死に、二人とも死んだとしても、絶対放さないという思いだったのです。そのように何時間闘ったと思いますか? 十分? 一時間? 二時間? 七時間以上闘ったというのです。 (「牧会者の道」 p51〜p52)


 そして、ハランを出て兄エサウのところへ向かう途中、ヤボク川で天使との組打ちとなりました。この天使は神からの使者としてヤコブに向かい、 「残された責任分担を果たさなければ福を与えることはできない」 としたとありますが、その “責任分担” とは何でしょうか。
 ハランでの苦役で培った神の祝福を願う一途な “” とその “” が一体となることによって、天使に対する主管性を復帰することでした。そのため、天使がヤコブの腰の骨を打ち、ヤコブが足の骨を折ってしまっても、ヤコブは七時間以上も天使と相撲を闘い続け、天使が先に音を上げてしまったというのです。
 この天使に勝利して主管者となった称号として与えられたのが “イスラエル” です。これは、サタンも認めた称号だというのです。



   b) ヤコブが立てた実体基台

 ヤコブはセイルの地、エドムの野に住む兄エサウのもとに、さきだって使者をつかわした。すなわちそれに命じて言った、 「あなたがたはわたしの主人エサウにこう言いなさい、 『あなたのしもべヤコブこう言いました。わたしは牛、ろば、羊、男女の奴隷を持っています。それでわが主に申し上げて、あなたの前に恵みを得ようと人をつかわしたのです』 」。
 使者はヤコブのもとに帰って言った、 「わたしたちはあなたの兄エサウのもとへ行きました。彼もまたあなたを迎えようと四百人を率いてきます」。 そこでヤコブは大いに恐れ、苦しみ、共にいる民および羊、牛、らくだを二つの組に分けて、言った、 「たとい、エサウがきて、一つの組を撃っても、残りの組はのがれるであろう」。
 ヤコブはまた言った、 「父アブラハムの神、父イサクの神よ、かつてわたしに 『おまえの国へ帰り、おまえの親族に行け、わたしはおまえを恵もう』 と言われた主よ、あなたがしもべに施されたすべての恵みとまことをわたしは受けるに足りない者です。わたしは、つえのほかに何も持たないでこのヨルダンを渡りましたが、今は二つの組にもなりました。どうぞ、兄エサウの手からわたしをお救いください。わたしは彼がきて、わたしを撃ち、母や子供たちにまで及ぶのを恐れます。あなたは、かつて、 『わたしは必ずおまえを恵み、おまえの子孫を海の砂の数えがたいほど多くしよう』 と言われました」。 (創世記32章 3節〜12節)


 さて、ヤコブは兄エサウのもとに使者をつかわしますが、その報告を聞いてヤコブは不安をを覚え、所有するすべてのものを二組に分けると、ヤコブは神に、約束された祝福について問いかけますが、神はそれに対して答えなかったのです。
 しかし神からの答えは、先に述べたヤボク川での天使との組打ちとして返ってきたのです。

 するとエサウは走ってきて迎え、彼を抱き、そのくびをかかえて口づけし、共に泣いた。エサウは目をあげて女と子供たちを見て言った、 「あなたと一緒にいるこれらの者たちはだれですか」。 ヤコブは言った、 「神がしもべに授けられた子供たちです」。 そこでつかえめたちはその子供たちと共に近寄ってお辞儀した。レアもまた子供たちと共に近寄ってお辞儀し、それからヨセフとラケルが近寄ってお辞儀した。するとエサウは言った、 「わたしが出会ったあのすべての群れはどうしたのですか」。 ヤコブは言った、 「わが主の前に恵みを得るためです」。 エサウは言った、 「弟よ、わたしはじゅうぶんもっている。あなたの物はあなたのものにしなさい」。 ヤコブは言った、 「いいえ、もしわたしがあなたの前に恵みを得るなら、どうか、わたしの手から贈り物を受けてください。あなたが喜んでわたしを迎えてくださるので、あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います。どうかわたしが持ってきた贈り物を受けてください。神がわたしを恵まれたので、わたしはじゅうぶんもっていますから」。 こうして彼がしいたので、彼は受け取った。 (創世記33章 4節〜11節)


 ヤコブは、天使との組打ちに勝利し気を取り直して兄エサウに出会い、エサウを前にしてヤコブは自ら描いたシナリオ通りに進めると、 「弟よ、わたしはじゅうぶんもっている。あなたの物はあなたのものにしなさい」 と、エサウから思いも寄らない言葉が返ってきました。しかし、失敗の許されないと思っていたヤコブにとって、それは深刻でした。そのためヤコブは、次の行動に出たのです。
 ところで、口語訳聖書にある “しいた” とは “強いた” となり、わかりやすく書き換えると次のようになります。ちなみに、新共同訳聖書には “しきりに” とあります。
 「自分のものは十分持っているから、あなたの物はあなたのものにしなさい」 と言ったエサウの気持ちを無視して、ヤコブが無理に押し付けてきたので、彼は受け取った。
 つまり、ヤコブを殺そうとまで憎んだエサウという印象を持ち続けてきたヤコブは、エサウが歓迎して迎え、あまりにも穏やかな表情だったため、思わず 「あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います」 と率直な言葉を発しました。
 神の祝福に対して一途な思いを持ち続け、その思いを確固としてきたヤコブには、幼い頃からのエサウに対する印象と、アブラハムから続いた慣習に背いて兄エサウから長子の嗣業を奪ったことが負い目としてあったため、エサウに会ってそれを解消しなければならないという思いが強くあったのでしょう。そのため、自分が持ってきた贈り物を受け取るようにエサウに “しいた” のです。



 (2) 愛されたラケルと愛されないレア

  @ 正妻と側女の立場と蕩減の違い

 蕩減復帰は、堕落の経路と反対の経路で成されます。

(霊的堕落の経路)
 先に霊的堕落が起こりました。このとき、天使長ルーシェルの偽りの愛によって、エバは不倫なる霊的性関係を結びました (左図)。

(霊的復帰の経路)
 これに対して、復帰はサタンを中心とした偽りの愛ではなく、神を中心とした愛で成され、天使長ルーシェルとエバは本然の関係ではないので、側女という関係をもって復帰されます (下図)。

(肉的堕落の経路)
 次にアダムとエバとの間で、肉的堕落が成されました (左図)。結果としてカイン (長子) が誕生したのです。この時エバは本来の夫であるべきアダムとの関係を取り戻すことで、恐怖心から逃れたいという一心でアダムを誘惑し、肉的性関係を結んで堕落したのです (上図)。

(肉的復帰の経路)
 このことから、復帰は、エバが偽りの愛で、一方的に誘惑しアダムと肉的性関係を結んで堕落したので、夫からの愛がなくても、神を中心とした愛によって夫を愛し、神から祝福されるべき血統を残さなければならなくなりました。これは、正妻として、エバの蕩減復帰としての最も重要な部分です (下図)。



  A 神への信仰と夫への愛

 ハランの地で、ヤコブは最初に出会ったラケルを愛しました。しかし、21年のハラン苦役の最初の7年で、長女と言う理由でレアが妻 (正妻) になり、次の7年でにラケルが妻 (側女) になりました (左図)。
 当時、長子権を重要視することで、長男、長女が先に結婚することが慣例となっていました。

<参照>
 【世界の宗教から見える男女の性】−1.ユダヤ教

 さて、ヤコブはラケルを愛しましたが、ラケルに子どもができません。そうした中で神は、レアがヤコブに嫌われるのを見て、レアにヤコブの子を授けました。そしてレアは、子どもが誕生するたびごとに神を感謝と賛美を捧げるのです。
  1. ルベン
    • 「主がわたしの悩みを顧みられたから、今は夫もわたしを愛するだろう
  2. シメオン
    • 「主はわたしが嫌われるのをお聞きになって、わたしにこの子をも賜った」
  3. レビ
    • 「わたしは彼に三人の子を産んだから、こんどこそは夫もわたしに親しむだろう
  4. ユダ
    • 「わたしは今、主をほめたたえる
  5. イッサカル
    • 「わたしがつかえめを夫に与えたから、神がわたしにその価を賜ったのです」
  6. ぜブルン
    • 「神はわたしに良い賜物をたまわった」
  7. デナ(娘)
 聖書をみると、レアはルベンが産まれたことで、ヤコブが愛してくれるだろうと期待を込めました。
 シメオンは、嫌われるレアに、神が慰めとして与えてくださったと感謝を込めます。
 レビの時には、今度こそはヤコブも私を愛してくれるだろうと、祈る思いでした。
 ところが、ユダのときは、神を褒めたたえて産んでます。この時、レアには夫の愛を求める言葉は無く、子どもを産むことを止めています。レビが産まれてからユダが誕生するまで、レアに変化が起こりました。ルベン ・ シメオン ・ レビの誕生は、ヤコブがレアを顧みる (愛する) ために神がレアに子どもを授けてくれた感謝と期待そのものでした。ところが、ユダの誕生のときには、神に愛されている自分自身に気づき、ヤコブに愛されない無念な思いは消え去っています。そのことは、イッサカル ・ ゼブルンの誕生に対する言葉に明らかです。
 この様に、レアの回心ともいうべき転換に立って産まれたのがユダで、ユダからユダヤ教が、ユダの子孫としてイエス様が誕生しました。



  B ラケルの子、ヨセフとベニヤミン

 次に神はラケルを心にとめられ、彼女の願いを聞き、その胎を開かれたので、彼女は、みごもって男の子を産み、 「神はわたしの恥をすすいでくださった」 と言って、名をヨセフと名づけ、 「主がわたしに、なおひとりの子を加えられるように」 と言った。 (創世記30章22節〜24節)


 レアが先に4人の子を産み、自分に子が産まれないこを知ったラケルは、姉レアを嫉んでラケルは、夫ヤコブを責めると、ヤコブはラケルに 「あなたの胎に子どもをやどらせないのは神です。わたしが神に代わることができようか」 と答えました (創世記30章1節〜2節)。 その時ラケルは夫ヤコブに自分の不足を指摘されながらも “恋なすび” 事件 (創世記30章14節〜17節) を引き起こしてしまいます。そのことを恥として悔い改めたラケルに神が心をとめられ、誕生したのがヨセフでした (上記赤下線部)。

 こうして彼らはベテルを立ったが、エフラタに行き着くまでに、なお隔たりのある所でラケルは産気づき、その産は重かった。その難産に当たって、産婆は彼女に言った、 「心配することはありません。今度も男の子です」。 彼女は死にのぞみ、魂の去ろうとする時、子の名をベノニと呼んだ。しかし、父はこれをベニヤミンと名付けた。ラケルは死んでエフラタ、すなわちベツレヘムの道に葬られた。 (創世記35章16節〜19節)


 ラケルはベニヤミンを産んで亡くなり、ベニヤミンは母ラケルを知らずに育ちました。



  C 再臨主による祝福と真の家庭における試練

 これまでの内容から、メシア家庭の摂理において考慮すべき点があります。ヤコブの勝利においてイスラエル選民が形成され、レアとタマル (次ページ) でメシアの血統が出発したということは、それらの蕩減内容をふまえて、メシアまたは再臨主が誕生できるパターンを確立したとのいえますが、レア (正妻) の立場に立つ真の母は、状況次第で愛の試練に立ち、サタンが侵入する危険性があることを考慮すべきです。
 ここで、 “側女” と "” の違いについて考えてみましょう。一番大きな違いは、子どもの立場の違いです。側女の場合は、その “嫡子” となりますが、妾の場合は、父親の認知が必要で、認知されれば “庶子” となります。なお、嫡子の “嫡” は “嫡妻 (正妻または本妻)” から産まれた子のことです。
 つまり、原理でいう “庶子” とは、サタン側から、神側に妾として入り、神側の父に認知されて、神側の “庶子” となります。
 ここで、左図から、メシアによって祝福を受ける女性は、メシアの妾の立場で、内的に霊的堕落の蕩減としてメシアに侍り (「接ぎ木」 のこと。ただし、この時メシアは、侍られる程に妾を愛する必要があります)、 メシアが復帰した男性を相対として、メシアの祝福を受けて子を産みます。この子は “祝福の子女” となりますが、メシア (神側) からすれば “庶子” になります。このメシアが復帰した男性は、アブラハム家庭で信仰基台と実体基台をたてたアブラハム、イサク、ヤコブの基準を相続した条件がなければなりません。
 しかし、ここに正妻と妾に対する愛の質に違いが起こり、正妻は天使長ルーシェルが神の愛に対して感じた様な愛に対する減少感を感じ、サタンが侵入する隙間が生じる可能性があるのです。
 このの立場は、イエスの母マリアの立場でもあり、ユダヤでは罪となりました。


   a) 真のお母様の蕩減復帰路程

 1960年の聖婚式からの7年間は、真の母に立つべき韓鶴子女史が新婦として迎えられるや否や、新郎としての文先生は、まるで下女か恩讐の娘のようにぞんざいに扱った期間がありました。み言葉には、 「神様のみ旨を中心として消化し、克服して越えていかなければならない期間」 として語られ、レアがヤコブから愛されないこと以上の試練であり、蕩減として通らねばならない道だつたのです。

<参照>
 「真の御父母様の生涯路程 10 第三節 聖婚以後の七年蕩減路程

 真の御父母様の生涯路程 (10)

 第1節 真のお母様の誕生と成長期
  1.真のお母様の誕生とその背景
  2.再臨準備、信仰の主流継承
  3.真のお母様の学生時代と信仰
 第2節 真のお母様の選定と聖婚
  1.新婦候補者競争
  2.真のお母様の選定
  3.「父母の日」の設定
  4.真の御父母様の聖婚式
 第3節 聖婚以後の7年蕩減路程
  1.7年路程の内的な意義
  2.真のお母様の3年試練期間
  3.1960年代の開拓路程と重生の役事
  4.7年路程と惠進様の犠牲
  5.4大名節の制定と7年路程の勝利




 アダムからイエスまでの系図

<参照>
 ヒッタイト古王国
 ヒッタイトの歴史


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